家事・育児に疲れた夫婦が、笑顔を取り戻した5つの方法

夫婦のコミュニケーション

子どもが小さかった頃、私はいつもイライラしていました。

朝起きた瞬間から、やることが決まっています。

子どもの着替え。
食事の準備。
幼稚園へ持っていくものの確認。
洗濯、掃除、片づけ。

ひとつ終わったと思ったら、また次の用事が待っている。

もちろん、夫も何もしてくれなかったわけではありません。

頼めば協力してくれました。

でも、「次に何をするのか」を考えるのは私。

必要なものを把握しているのも私。

夫に何かを頼むために、やることを説明するのも私。

ひとつの作業をお願いできたとしても、家庭を回すために「考えること」までは減りませんでした。

そして私は、少しずつ疲れていきました。

疲れると、夫に優しくできない。

私がイライラすると、夫もイライラする。

夫が不機嫌になると、私はさらに腹が立つ。

気がつけば、私たちは「夫婦」というより、家事と育児をどうにか回すための「協力人」のようになっていました。

そんな私たちが少しずつ笑顔を取り戻すきっかけになったのは、夫婦関係について何度も話し合ったことでも、完璧な家事分担表を作ったことでもありません。

変えたのは、毎日のちょっとした「やり方」でした。

この記事では、当時の私たちが実際に変えたことを、5つに分けて紹介します。

どれも特別な方法ではありません。

でも、全部をきちんとやろうとして疲れ果てていた私には、「頑張ることを増やす」のではなく「頑張らなくてもいいことを増やす」ことが必要だったのだと思います。

家事と育児で、夫婦の会話までなくなっていった

疲れていると、ほんの小さなことにも腹が立ちます。

「どうして言わないと分からないの?」

「今、それをする必要ある?」

「私ばかり動いている気がする」

そんな思いが、少しずつ言葉や態度に出るようになりました。

私がイライラすると、夫もその態度にイライラする。

夫が不機嫌になると、私は「こっちはこんなに頑張っているのに」と、さらに腹が立つ。

夫とけんかをした日の家の中は、ひどく静かでした。

夫が私や子どもに手を挙げるようなことはありません。

それでも、会話が暗い。

というより、会話そのものがほとんどありませんでした。

家の中で話しているのは、私と子どもだけ。

夫はそこにいるのに、家族の輪から少し離れたところにいるように感じました。

そして、家庭の空気が悪くなると、子どももそれを察します。

当時の私は、

「家庭の空気は母親次第」

そんなふうに考えていました。

だから家の雰囲気が悪くなるたびに、

「私がイライラするからいけないんだ」

と、自分を責めました。

分かっているのに、優しくできない。

笑っていたいのに、笑えない。

またイライラしてしまった自分に嫌気が差し、さらに余裕をなくしていく。

なかなか、そのループから抜け出せませんでした。

愛情がなくなったのではなく、余力がなかった

夫の帰りが遅くなると、私は一人で子どもの世話をしなければなりません。

ワンオペで疲れる。

疲れているから、夫に優しくできない。

家の空気が悪くなる。

夫婦の会話が減る。

頼ったり協力したりすることも難しくなり、また私の負担が増える。

私たちは、そんな悪循環の中にいました。

それでも「このままではまずい」と、たぶん夫も私も感じていたのだと思います。

夫への愛情がなくなったわけではありませんでした。

ただ、毎日の家事と子育てで疲れていた。

疲れすぎて、相手を思いやる余力がなくなっていたのです。

今日の予定を確認する。

子どものことを伝える。

必要なものを買ってきてもらう。

同じ家で暮らし、同じ子どもを育てているのに、ふたりの間にあるのは連絡事項ばかり。

「これでは、夫婦でいる意味がないのではないか」

私は何度も考えました。

本当は、もう一度、愛し合える夫婦になりたかった。

でも、夫が歩み寄ってくれるのを待っているだけでは、何も変わらないとも思いました。

「私が変わる」の意味を、勘違いしていた

「私が変わろう」

そう思うようになりました。

どうせ一緒に暮らすなら、お金がなくても楽しみながら生きていきたい。

そして、どうせなら夫に愛される妻でいたい。

でも、「私が変わる」とは、もっと我慢することでも、いつも機嫌のいい妻を演じることでもありませんでした。

家族の空気を母親一人が背負うことでもありません。

疲れ果てているのに笑顔を作っても、長くは続きません。

私に必要だったのは、性格を変えることではなく、何もかも自分できちんとやろうとしていた毎日の回し方を変えることでした。

そのきっかけになったのが、週末の家族でのお出かけです。

旅行のような特別なものではありません。

近所の公園。

イオンモール。

ときどき、いちご狩り。

「子どもを楽しませたい」

その気持ちは、夫も私も同じでした。

同じ目的ができると、それまでとは少し違う形で夫婦が動き始めました。

そして、その中で私たちが変えていったことが、次の5つです。

1.家事より先に、家族の予定を決める

以前の私は、やるべきことを全部終えてからでなければ、楽しんではいけないような気がしていました。

洗濯を終わらせる。

部屋を片づける。

食器を洗う。

それから出かける。

でも、子どもが小さい時期に、家事がすべて終わる瞬間なんてほとんどありません。

片づけても、また散らかる。

洗濯を終えても、また洗うものが出てくる。

家事の終わりを待っていたら、家族で楽しむ時間はいつも後回しになります。

そこで、順番を逆にしました。

まず、家族で出かける予定を決める。

そして、

「明日は10時に家を出よう」

と、出発時刻まで先に決めるようにしました。

10時に出ると決めたら、それまでにできる家事だけをする。

終わらなかったことは、帰ってから考える。

疲れていたら翌日に回す。

最初は、散らかった部屋を残して出かけることに落ち着かなさもありました。

でも、公園で子どもが楽しそうに走る姿や、家族で笑っている時間を見ていると、

「こっちを優先してよかった」

と思えるようになりました。

家事は、明日でもできます。

でも、子どもが小さい頃の週末は、ずっと続くわけではありません。

楽しみを、家事を終えたあとのご褒美にしない。

これは、私たち家族にとって大きな変化でした。

2.準備を「誰でもできる形」に変える

子どもを連れて出かけるときは、準備だけでも大仕事です。

着替え。

飲み物。

タオル。

子どもに必要なもの。

以前の私は、それらをきれいに分けて準備しようとしていました。

そして夫にお願いするときも、

「これはここに入れて」

「こっちはこのバッグに入れて」

と説明する。

それだけで、またひとつ仕事が増えます。

わが家にはワンボックスカーがあり、多少荷物が多くなっても積む場所には困りませんでした。

だったら、もう細かく分けなくてもいい。

必要になりそうなものを、大きな袋にパパッと入れる。

多少多くても、そのまま車に積む。

そうすると夫にも、

「これとこれを、あの袋に入れておいて」

だけで頼めます。

夫ができることを増やすために必要だったのは、夫を細かく指導することではありませんでした。

誰がやっても困らないくらい、やり方を単純にすること。

きれいに準備することより、家族が機嫌よく出発できること。

忘れ物をひとつもしないことより、夫婦で準備できること。

私たちには、そのくらいの大ざっぱさがちょうどよかったのです。

3.夫に「私と同じやり方」を求めない

これは、私にとって意外と難しいことでした。

夫に何かを頼んでも、

「そうじゃないんだけどな」

と思うことがあります。

結局、自分で確認し直したり、詰め直したりする。

そして心の中で、

「やっぱり自分でやったほうが早い」

と思う。

でも、それを繰り返している限り、私はずっと自分でやることになります。

そこで、夫に任せたことは、多少自分のやり方と違っても直さないようにしました。

忘れ物がひとつあったとしても、大きな問題でなければ何とかする。

バッグの中が私の理想どおりでなくても、必要なものが入っていればいい。

「私と同じようにできること」と「家族のためにできること」は、同じではありません。

夫には夫のやり方がある。

任せるなら、そこまで含めて任せる。

そう思えるようになってから、私自身も少し楽になりました。

4.疲れた日の夕食は作らない

家族で一日出かけて、楽しく過ごした。

でも、帰宅すると待っているものがあります。

夕食です。

疲れた体で買い物をする。

献立を考える。

料理をする。

食べ終わったら、洗い物をする。

せっかく楽しく過ごした一日なのに、最後の夕食作りで私がイライラしてしまったら、また家の空気が悪くなってしまいます。

だから、疲れた日は作らないことにしました。

マクドナルドに寄る。

吉野家で食べる。

お店で買ったものを持ち帰る。

金銭的に余裕があったわけではありません。

毎回、豪華な外食をしていたわけでもありません。

それでも、手頃な金額で頼れるものはありました。

以前の私なら、

「外出したうえに、夕食まで作らないなんて」

と罪悪感を持っていたかもしれません。

でも、疲れ果てた私が無理をして料理をし、家族に当たりながら食卓を囲むより、買ってきたものをみんなで気楽に食べるほうがいい。

大切なのは、

「手作りの夕食を用意できたか」ではなく、「一日の最後をどんな気持ちで過ごせたか」

だと思うようになりました。

5.一度で夫婦関係を変えようとしない

家族で出かけたからといって、急に夫婦関係がよくなったわけではありません。

一度出かけただけで、夫婦の会話が元通りになるわけでもありません。

夫が突然、私の気持ちをすべて理解してくれるようになるわけでもない。

私のイライラだって、すぐにはなくなりませんでした。

でも、

「今日は楽しかったね」

と思える日がひとつできる。

また次の週末に出かける。

一緒に準備する。

子どもが笑っているのを一緒に見る。

帰りに何を食べるか話す。

そんな小さなことを繰り返していきました。

夫婦の会話を増やそうと頑張らなくても、同じ予定を立てれば会話が生まれます。

一緒に準備をすれば、小さな共同作業が生まれます。

同じ場所へ行けば、ふたりの間に共通の出来事が増えます。

「夫婦関係を修復しなければ」

そう考えると、とても大きな問題に感じます。

でも、

「今週末、家族でひとつ楽しいことをしよう」

なら、少しハードルが下がります。

一日で変えなくていい。

家族でひとつ楽しい時間を過ごせたら、その日は成功。

そう考えるようになりました。

私たちが手放したのは「頑張らなければ」という思いだった

振り返ってみると、私たちが変えた5つのことは、どれも難しいことではありません。

むしろ、何かを「始めた」というより、やらなくてもいいことを増やしていったのだと思います。

私は長い間、家族のためにできることは、できるだけ自分でするべきだと思っていました。

子どもの準備も。

家事も。

食事も。

きちんとすることが、家族を大切にすることだと思っていたのです。

でも、全部を自分で抱えた結果、私はいつも疲れ、イライラしていました。

何もかも自分でしなくていい。

夫に頼っていい。

お店に頼っていい。

終わらない家事は、残しておいていい。

手抜きは、家族を大切にしていない証拠ではありませんでした。

家族と笑うための余力を残す方法だったのです。

夫婦を動かしたのは「正しい家事分担」より、同じ目的だった

家事や育児の分担について考えると、

「私はこれだけやっている」

「夫はこれしかやっていない」

と、どうしても量を比べてしまいます。

もちろん、負担が一人に偏っているなら、夫婦で話し合うことは必要です。

ただ、私たちの場合、相手がやっていないことばかり数えていると、夫婦が対立する形になってしまいました。

そんな私たちにとって、週末のお出かけには、

「子どもを楽しませたい」

という共通の目的がありました。

その目的のためなら、夫も準備をする。

私は夫に任せる。

間に合わない家事は諦める。

疲れたら外で食べる。

正しい家事分担を完成させるよりも、夫婦で同じ方向を向くことで自然に協力できることがありました。

それは、子どもが大きくなった今振り返っても、大切なことだったと思います。

今週末に試すなら、ひとつだけでもいい

もし今、家事や育児に疲れ、夫婦の会話まで減っているなら、5つ全部を一度に試す必要はありません。

まずは今週末、家族で行ける近場をひとつ決めてみる。

公園でも、ショッピングモールでも構いません。

そして、

「○時に家を出よう」

と決めてみる。

それだけでもいいと思います。

その時間までに終わらなかった家事は、残しておく。

荷物も完璧でなくていい。

夫のやり方が少し違っても、そのまま任せてみる。

帰りに疲れたら、夕食は誰かに作ってもらう。

予定どおりにいかなくても大丈夫です。

目標は、完璧な休日を過ごすことではありません。

家族で一度でも笑うこと。

そして、

夫婦が短い時間でも、同じ目的に向かって動くこと。

それくらいで十分だと思います。

愛情は、なくなったのではなく疲れに隠れていた

あの頃の私は、自分のイライラが夫婦の距離を広げたのだと思っていました。

確かに、私の態度がきっかけになった場面もあったと思います。

でも今振り返ると、すべてが私一人の責任だったわけではありません。

私が悪い妻だったのでも、夫への愛情を失ったのでもありませんでした。

毎日を回すことに、ただ疲れていたのです。

「私が変わろう」と思ったとき、本当に変えたのは、自分の性格ではありませんでした。

全部を自分でやろうとすること。

家事を終えるまで楽しんではいけないと思うこと。

夫に任せても、自分と同じようにできなければ満足できないこと。

そんな考え方を、少しずつ手放しました。

愛される妻になるために、無理に笑う必要はありませんでした。

まず、自分自身が楽しめる時間をつくり、笑えるだけの余力を取り戻すこと。

夫婦で同じ目的を持ち、小さな共同作業を重ねること。

それが結果として、家の空気を少しずつ変えていったのだと思います。

いきなり、もう一度愛し合える夫婦になろうとしなくてもいい。

まずは次の週末、同じ場所へ出かけてみる。

同じものを見て、子どもが楽しむ姿を一緒に眺める。

帰りに疲れたら、夕食は誰かに作ってもらう。

そんな小さな手抜きと、小さな楽しい時間の積み重ねでも、夫婦はもう一度、同じ方向を向けるのだと思います。

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